過去のお話。その01
―――――― ぷろじぇくと愉しいセックス 過去のお話。その01
身体を失った私の為に、貴方は必死になって、懸命になって、私の心だけはこの世に繋ぎ止めようと尽力してくれたよね。
今の発達した技術を結集すれば、事故を起こした直後にさえ手術が間に合えば、禁忌の実験に手を出す必要なんて無かったんだと思う。それが叶わなかったから、貴方は私の為に動いてくれたんだから。
事故が起こったその前後の記憶・記録の殆どは、保存に成功した私の精神には残っていなかった。もしかしたらきっかけひとつで思いだすことがあるかもしれないって貴方は言ってくれたけど、ニュースとして扱われた記事を幾つも目を通したのに、その記憶が蘇ったりしなかったわ。多分、記憶として焼き付いていたとしても、精神的な負担を私自身の心が拒絶して心の奥底に仕舞いこんでしまったんだと思う。…今の私なら何でも、パソコンに保存されたデータみたく過去の“記録”を引きだせて便利なのにね。
今でもはっきりと目に浮かぶのは、朧げな視界に映り込む貴方の悲しそうな顔。
乱れた映像みたいに不鮮明なその様子は、何にも聞こえない静寂の中で貴方が何度も、なんども私の名前を叫んでるの…。全然、聞こえないのに貴方の口の動きだけは、よく分かったから。
もう、これでお別れなのかな…そう、ふと頭に嫌な予感がよぎったと思ったら、そこからはプッツリと記録が途絶えてて。気がついたら私は…私の精神はコンピュータのデータとして、パーソナルが復元されていた。
もう私の身体はどこにもないんだけど、貴方の声が聞けて…貴方と話が出来るんだって、どれだけ私が嬉しかったか、喜んだか、貴方に伝えられたかな。
一緒に仕事をして、研究に昼夜を問わず勤しんで、そしてたまに…ううん、結構。貴方と愛を確かめ合って…。
貴方と会話できることが幸せで、データだからそんなに眠る必要もなくって。コンピュータのほうは再起動するほうが良いのかもしれないけれど、それはどうしても嫌だって貴方が駄々をこねて……くすっ。
そういう子供っぽいところも、すぐ甘えてくるくせ強気に私のことは感じさせようと無理に頑張ってみたりするところも、私の為に…貴方の為でもあるんだろうけど、なくなっちゃうはずだった私の命を繋ぎ止めてくれる一途なところも。いっぱい、いっぱい貴方のことが大好きだよ…。
私がこんなことになって、もう貴方は家に帰ることがなくなっちゃったね。元々私たちふたりだけの小さな研究所だったのに、それがまるで自宅のように心地よくて。家のベッドで見るのと同じ、ちょっと間の抜けた貴方の寝顔。
覗きこむとかすかな寝息が聞こえてくる……耳をくすぐる優しい呼吸。私、時々だけど貴方の歯ぎしりで目が冷めちゃうこととかあったんだよ? 疲れが溜まるとすぐ身体に響いちゃうもんね。
今の私はデータだから、眠ってしまった貴方にシーツを掛けてあげることも出来ないんだ…仕方ないんだけどね。寝込みを襲うようにキスをすることも出来ない。貴方に触れることさえ、今は叶わない…。
嬉しいのに……悲しいよぉ……。
「……本当に、うまくいくのかな」
「はっきり言うと、希望的観測に基づいた理屈しか無いね」
「…そこは嘘でも大丈夫だって、私のことを勇気づけてくれなきゃ駄目じゃない」
「気休めのほうが傷つくと思ったんだけど、失敗だったかな…」
「でも、今の君がこうして存在し続けていることが既に俺としては奇跡だからね」
「だから…?」
「君という人と、俺がいれば、きっと何とかなると思うんだ」
「…もう今更なんだけど、君にしてはよく言えた恥ずかしい台詞よね……ふふっ」
「俺の望みなんだ……もう一度、君を抱きしめたい。君と、抱き合いたい…っ」
「……私もだよ。…データになってから、そう思わなかった日なんてないもの」
「それじゃあ、研究を始めようか」
「私と貴方がふたりいれば、何だって出来ちゃうわよ…っ!」