最初のお話。
―――――― 研究報告ファイル「PTS」
(動画ファイルにつき、不要な内容が保存されている場合があります)
「ちゃんと確認した? ……貴方ってば、少し抜けてるところがあるから…」
少々勝気で、意志の強さを感じる女性の室内に響いた。それは機械的な音声らしくノイズ混じりだが、本来の可愛らしさを損なうこと無く、どこか男性の欲望をくすぐる猫なで声の特徴を色濃く残している。
「…何度も確認したよ。それこそ、昨日なんて寝つけなかった。俺のほうがこんなに緊張してるようじゃ、君のことを安心させてあげられないな……」
冷静かつ人見知りな様子の窺える男性の声。こちらは声帯を震わせた、普通の人体から発せられた音声だ。その優しげな言葉にはしかし、心配や憂いを帯びた哀しみが感じられる。
「肉体と精神の融合に、どれだけの負担が掛かるのかしれない。君をそんな危険な目に遭わせるしか無いこの状況が……歯がゆいよ…」
「…私も、まるで不安じゃないって言えば嘘になるわよ」
芯のあった女性の声が、少しだけ元気を無くす。それはスピーカーから聞こえる音声の量とも言えるが、それでも男性は相手の――最愛の妻の――意気消沈した表情さえ、理解しているようだ。
「…でも、俺は……早く君のことを抱きしめたい」
視線を落とす男性。その先に横たわる、ひとりの少女。
その少女は、酷く冷たい身体をしていた。体温が感じられず、血が通っていないほどに肌白い。
「私も…早く貴方のぬくもりに包まれたい……」
代替の血液が流されて人口心肺が鼓動を開始すると、人肌ほどに身体は温まって、それは静かに寝息を立てる少女とも見紛うことだろう。しかしそれだけで彼女が目覚めることは無い。生命の源とも言える魂、精神がそこには収まっていないからだ。
「……いつまでも悩んでいても仕方が無い。それじゃあ、始めようか…良いかい?」
「…覚悟は出来てるわ。これも技術の発展の為……ううん」
パチン――。装置の主電源が入れられ、最新技術の詰まった機械が起動を開始する。
「そうじゃない……。貴方に抱きしめられたいから…」
「俺もだよ。何度も君のことを……抱きしめたい」
音声のノイズが酷くなる。女性の言葉が聞き取りづらくなるが、男性はスピーカーに耳を寄せなくても、妻の言葉その一つひとつを噛みしめた。
「じゃあ、ちょっとだけ寝るから……、すぐに…起こしてね」
「……分かってるよ。…お休み」
「…お休みなさい」
その言葉を最後に、装置のスピーカーから女性の音声が聞こえなくなる。一回だけため息を付いた男性はそれ以降、一心不乱に作業へと打ち込んでいった。
それは少しだけ未来の時代。
有機体を使用した義肢技術の発展により、失われた部位を遜色なく補うことが可能になり、再生医療との融合から、長期間の培養を待たずに代替を用意できる人口四肢は、人類に多大なる幸福をもたらした。
しかしそれらは、対象者が存命である限りに於いてのみ可能なことで、既に失われた命を蘇らせる技術は、今もって実現に至っていない。また倫理的な観点から、ひとりの人間が生きながらえて良いとされる年齢は、過去の平均寿命からそれほど変化は無い。技術は発展しても、延命に耐えうる達観した精神を、人間はまだ持ちあわせてはいなかった。
これから行われる実験は、人類史上に例を見ない計画。
【project:trans a soul(プロジェクト:トランスソウル)】と命名されたこの実験は、事故によって命の尽きた妻の精神を、有機体の比率が高いアンドロイドへ移植することを目標にした、謂わば禁忌の検証実験である。
死にゆく妻の精神をニューラルデータ(脳情報)として保存し、コンピュータ内にパーソナルが復元されると、男性自身も驚いたことに、見事なほど妻の精神はデータとしてほぼ完璧に構築されていた。
唯一、事故以前の僅かな期間の記憶を喪失してはいたが、それ以外は妻の、一女性としての記憶をそのままトレースしたかのごとくコピーが成功しており、確かに男性の愛妻は、そこに存在しえている。それは紛れも無い事実だった。
「…今から、始めるよ……」
それ自体がひとつの宇宙とまで言われる人体。そのブラックボックスの根幹とも言える、脳の解明は、まだこれから何世紀も掛かる研究課題だろう。それがどうして、ひとりの女性の精神のコピーを可能にしたのか。その謎よりも何よりも、彼は妻を取り戻したかった。
まだ若いみそらの女性。夫婦が揃いも揃って研究に没頭し、それなりに身体を重ね、互いの愛を確かめ合ってきたが、まだ足りない。――もっと妻を感じたい。
それは一組の夫婦の愛を、神が汲み取ったのかもしれない。
「俺の下に、戻ってきてくれ――っ、晄海(あきみ)!」
まばゆい光も、鋭い閃光もほとばしること無く、作業は終了した。室内にあったのは機械の無機質な音だけ。男性の呟きも息遣いも、そんな雑音に隠れるほど、小さかった。
「……晄海…」
「帰ってきたよ……祐人(ゆうと)…」
ガバっと抱きつかれて、その場に押し倒される男性。一瞬は目を疑ったが、彼はすぐに優しい目を向けていた。そこにあったのは、紛れも無い妻の笑顔。最愛の人が、まっすぐ自分に微笑んでくれていたから。
「お帰り、晄海」
「ただいま、祐人」
「って――ちょっと! こんなチンチクリンのボディでどうするっていうのよ!」
押し倒したというよりは、馬乗りになったその体勢は、しかしそんなに重くは無い。何度か寝床でこのような体位を愉しんだことはあったが、程よい肉付きは決して軽かったわけじゃないからだ。
「私のこと忘れたわけじゃないでしょうねぇっ! こんなちっちゃな身体じゃ無かったでしょ! 貴方があんなに好きだった私の胸っ、こんなツルペタだった?!」
そこにいたのは、こじんまりとしたボディの少女。妻である晄海の艶かしい体型はそこには無く、もし大人の俺と、この見た目が少女の晄海が愛しあった場合、確実に犯罪だと勘違いされることだろう。
「し、しょうがないじゃないか…君も承知していることだろう? 充分な機能を有する有機化合物、何より人体用の体組織は高いんだ」
「…それは分かってるつもりだけど、でも…これで大丈夫だなんて思われても、しゃくじゃない」
そう。つまりは、妻の精神は完璧に再現できたが、その肉体は諸事情から、まだ彼女が満足するだけの培養が完了していなかった。そうして俺が苦し紛れに用立てた肉体がこの、少女ボディというわけで――。
「こんな身体じゃ…貴方に抱いてって言えないじゃない……。このまま貴方のを入れようとしたら、アソコが裂けちゃうかもしれない……」
「……そ、それは…マズいよねぇ……」
それがその、口ではマズいと言えても、誤魔化せない膨張が起きているわけで…。晄海もそれを知った上で、そこに擦りつけてきてるんだよなぁ…っ。
「……あらぁ? 貴方のココは、そうとも言ってないみたいね……」
「…面目ない……」
人間と同様、時にはそれ以上の感触や感度を表現した、アンドロイドの肉体、肉感。その恥部同士がこすられて妻が色っぽいため息を。そして俺は、情けなくも快感を抱いていた。
「まさか、貴方の趣味に合わせて……こ・ん・な、幼女みたいな身体にしたわけ…?」
「そ、そんな心算は無いよっ。早く君を、データじゃなくて人間の身体に戻してあげたかっただけで……そりゃ、小さなボディのほうが、精神移植の負担が減る可能性はあったから、都合が良かったのもあるけど……って、何してるのっ!」
「そんなゴタク、聞いてられないわよ…。愛しの旦那が、このボディを見てこんなに、興奮してるんだから……さぁ」
ズボンのファスナーが降ろされて、俺の自慢の息子がブルンっと顔を覗かせる。その硬化した一物を見るや待っていたと言わんばかりに目を輝かせ、晄海は情欲の火がともったように舌なめずり。
「ちょっと無茶かもしれないけど……、今から、やろっか…♪」
「おいおい……お、俺は嬉しいけど、大丈夫なのか…?」
「私だって、今までデータだったのにずっと我慢してたんだから…。データなのにおまんこが疼くなんて、おかしいと思わない…?」
「……そうかな。それじゃあ、神経接続のテストでも、始めようか…」
「ふふっ。乗り気になっちゃって…」
「君のほうこそ……」
「プロジェクト:トランスソウル」改め、、、 ぷろじぇくと愉しいセックス――開始♪